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ケニア山登山

 8月のケニアは意外に涼しく爽やかに感じました。ケニア到着の翌日、早速、乗り合いバスの予約をしました。ナイロビからケニア山国立公園の入り口の町ナロモルまでのチケットでした。チケット購入後、ナイロビ市内を散策したり、登山用の食糧調達を行ったりしました。

 そして翌朝から移動開始でした。アフリカは何事にもノンビリしていて、バス会社の事務所前の停留所から1時間半遅れの出発となったのでした。5時間あまりの乗車で目的の町に着くなり、若者が声をかけてきました。「ケニア山に登るのか。」少し胡散臭さを感じましたが、そんなに悪そうな人間には見えなかったので彼の後についていき、登山ガイド組合の事務所に行くことになりました。その若者はパトリックと言い、ガイド証明書を持っていたので彼にアレンジとガイドを任せることにしました。

 ガイド組合でナロモルからケニア山登山のベースキャンプとなるメッツステーションまでの送迎用ピックアップトラックの手配と入山手続、ガイドとポーターの雇用契約をして、いよいよ登山が始まりました。登山口の国立公園ゲートで登山届にバティアン峰とネリオン峰に登ると記入しているのを見たオフィサーに「今年はまだ誰もバティアンに達していないので成功を祈る」と言われ、身が引き締まる思いでした。

 ケニア山は一般的にガイド付きでレナナ峰(4,985m)に行けば登頂証明書をもらえるのですが、ロッククライミングの技術と装備が必要なバティアン峰(5,199m)まで行く人は殆どおらず、ガイドも同行しないことになっていました。そのため、我々はバティアン峰の情報は山岳部の先輩がケニアに出張した時購入した英語のケニア山ガイドが唯一の情報源だったのです。幸い、この本にはバティアン峰へのルートがいくつか紹介されていました。

 最初は腕試しにレナナ峰に登ることにしていたので一般の登山者と同じくメッツステーション〜マッキンダーズキャンプ〜トップハットと順調に登り、遂にレナナ峰に登りました。ここで、パトリックに3日後にメッツステーションに迎えに来てもらう約束で別れて、トップハットに泊まりました。いよいよ翌日は、バティアン峰にアタック開始です。

 ところが、異変が起きました。私に高山病の症状が出たのです。夜中激しく嘔吐しました。眠れないまま朝を迎えました。同行の弟と話し合いました。身体のためには一旦高度を下げて、慣らすことがベストです。しかし、ギリギリの日程で、1日でも無駄にするとキリマンジャロには行けません。私は無理してでもこのまま登ろうと主張しましたが、弟は「兄ちゃん、キリマンジャロはアフリカ一高いかもしれないが、アフリカ一登るのが難しいのはケニア山や。キリマンジャロはいつでも行ける。一旦下のキャンプに行って態勢を立て直そう。また次の機会にキリマンジャロに行こう。」と言い、私もそれに従うことにしました。

 惨めな気持ちでマッキンダーズキャンプに下りましたが、高度を下げた効果はてきめんで体調はすぐに元通りになりました。パトリックには迎えに来る日を1日延ばすように下山するポーターに伝言を頼みました。そして1日休養の後、バティアン峰に再アタックしました。

 下見や偵察もなく、いきなり岩のバリエーションルートを登ることは多大な労力を要します。通常7〜8時間程度の登攀である高度差600mの岩壁ですが、標高4600mの薄い空気では、なかなか体が言うことをきいてくれず、酸素供給もままならないため、呼吸が苦しくなったことも相まってなかなか先に進むことが出来ませんでした。

 赤道直下の氷河と岩と雪の山の岩壁を登るために前爪の長い冬山登攀用アイゼン着用は必須なため、足の動作が制限され、手袋をつけながら登るので細かいホールドを拾えず、時間ばかりが徒に過ぎて行きました。垂直に近いフェース状岩壁では、リードする弟のアイゼンの前爪から火花が散ったのが見えました。摩擦なのか、爪に引っ掛けたのか、海外遠征のために新調したオーバーパンツの足首近くの部分が登攀中にボロボロになりました。

 結局1日で主峰バティアンに到達できず、次峰ネリオン(5100m)頂上のジュラルミン製避難用シェルターにたどり着いたのは日暮れ前でした。予想を超えた12時間余りの戦いでした。シェルターでビバーク(緊急露営)し、主峰バティアンのアタックは翌朝回しにしました。

 そして翌朝、ネリオン避難シェルターを出て1時間30分後には遂に念願のケニア山主峰バティアン登頂を成し遂げました。アタックすることを決めてから2年の歳月を費やし、ようやく夢が実現出来たのです。登頂後は慎重に登ってきた岩壁を下り、マッキンダーズキャンプに戻った時には、これからケニア山に登ろうとしている人たちから成功を祝福されました。メッツステーションや国立公園ゲートでも登頂成功を祝福され、登頂記録帳にバティアン峰まで到達したことが書き込まれました。1989年8月時点では、この年唯一の登頂者でした。

 ナロモロのガイド組合で登頂証明書を渡され、ガイドのパトリックがサインしてくれました。これで、我々の海外遠征は終わったのです。首都ナイロビに戻るのにも一般のケニア人が利用する乗り合いバスで移動しました。途中、ニエリという町でバスを乗換え、ナイロビではビル街とスラムの境界線に位置するカントリーバスステーションにたどり着きました。ここからタクシーでナイロビに着いた夜最初に泊まったホテルに行きました。

 途中、スラム街に近いところを通りながら、掘っ立て小屋にひしめき合う人々とホテルのある高層ビルのギャップに非常に違和感がありました。夜、ホテル近くのパブで弟と登頂の祝杯を上げましたが、治安に問題があるのか、暗くなると殆ど人通りがなかったことや酔っ払った黒人の客に「こんなところに白人が来るのではない。」と言われたことが大きな印象に残りました。



 下の写真は、ケニア山遠征登山の写真